福井県の桜も随分楽しみましたが、そろそろ散り始めました。福井の桜が終わりに近づくと、琵琶湖周辺の桜が見どころを迎えます。
天気予報は暫く晴天が続くらしいので、急に思い立って車中泊をしながら琵琶湖を一周するさくら見物の旅をすることにしました。
食料を残してはおけないので、お昼ご飯を早めに食べて、冷蔵庫はほぼ空っぽにしての出発です。
急ぐ旅ではないので、後ろへ車が迫ってくると登坂車線へ移動したり、路肩に止めて追い越させたりのゆっくり走行で景色を楽しみながらの運転です。
国道8号線の「道の駅 河野」で敦賀湾の景色を楽しんでいると、函館ナンバーのHIACEのキャンピングカーが入ってきました。どうやら一人旅みたいなので、ちょっと話しかけてみました。
「函館から何日目ですか?」と言うと、ちょっと考えてから
「あのー、去年の12月に家を出たのですよね」
「ヒェー! 4ヶ月も前ですね。日本一周の旅ですか?」
「いや、鹿児島に長いこと滞在していました。車検が近づいたので、今帰る途中なんです」
ということでした。上には上があるものです。
自分も夏になったら、北海道旅行をしてみたいなあ・・・。と、思っているので、予定にはなかった敦賀フェリーターミナルに寄ってみました。
妻と何度か来てみた所ですが、23時にフェリーが出てしまうと、昼の間は閑散としていて誰もいません。
時刻表を見たり、料金表を見たり、パンフレットを貰ったり・・・・・。
フェリーターミナルから地下トンネルを抜けると桜が満開の敦賀港金ケ崎緑地公園です。
公園の奥の三角屋根の建物が、平成20年にオープンした「旧敦賀ムゼイム」という建物です。
1920年代にロシア革命の動乱によりシベリアで家族を失ったポーランド孤児が、1940年代にはリトアニア駐在の外交官杉原千畝氏の発給した「命のビザ」を携えたユダヤ難民が上陸した日本で唯一の港だったようです。
現在ウクライナで起きている戦争と重なって、いつの時代もこうした悲しいことが絶えないのだなあ・・・・。と思うと共に、一応戦時中生まれだけど小さかったのと田舎だったので戦争を知らずに育ち、3日間も花見を楽しむ旅ができる自分の人生は幸せなんだなあ・・・。と思いました。
現在の「敦賀ムゼイム」は、少し奥に令和2年に建て替えられて、随分きれいな大きな建物になっています。これは4棟の復元建物になっていて、下の画像の左奥から「敦賀税関旅具検査所」「敦賀港駅」「大和田回漕部」「旧露国義勇艦隊事務所」だったそうです。
2年後に北陸新幹線が敦賀まで延伸されるので、今盛んに工事が行われています。
敦賀駅の工事を高い所から見てみたくて、高台の住宅地「泉が丘団地」に登ってみました。初めて登ってみましたが、かなり急な細い道でした。雪が降るとかなりの難所に思えました。
工事は敦賀駅までかと思っていましたが、線路は敦賀駅の遥か遠方まで伸びています。
途中の道の駅は全て立ち寄って、休憩です。
次の休憩地は「道の駅 塩津海道 あぢかまの里」。そして更に「道の駅 湖北みずどりステーション」です。
鳥が好きな妻と何度も来たことがある「琵琶湖水鳥・湿地センター」と繋がっています。
今日の車中泊地は琵琶湖湖畔の豊公園(ほうこうえん)駐車場にしようと思って、豊公園のさくら見物です。
ここも、春と秋に5~6回は来たことがあると思います。妻と散策した池がある庭園は大規模な改修工事が進行中でした。一通り桜を満喫して、近くのセブンイレブンで夕食を調達し駐車場に戻って見ると、トイレは使用禁止でテープが張ってありました。
どうやら、犬の散歩をさせてフンをトイレに捨てる人が多くてトイレが詰まるので、市が使用禁止にしたらしいことが書いてありました。
犬の糞をビニール袋のまま捨てる人がいるのでしょうか・・・・? 最近は小型犬の「ネコ犬」を室内で飼う人が多くなって、溺愛するあまりにマナーが悪い人が増えたということでしょうか。
ということで、次の道の駅「近江母の郷」を今晩の宿泊地にしました。
同じ仲間らしい車が数台、既に止まっていました。道路から遠い奥の駐車場は静かそうですが、普通車が数台しか止まっていなくて、夜になると自分一人になってしまいそうな不安があったので、道路に近いトイレのすぐ前の車中泊仲間の車の横に駐車しました。